令和5年 山梨県忍野村忍草 諏訪の暴れ神輿 二日目渡御
2023年9月20日(水) 山梨県南都留郡忍野村忍草に鎮座する浅間神社(忍野八海のすぐ近く)の末社である諏訪神社の例祭における神輿渡御を見学してきました。神輿渡御は19・20日の日にち決まりで行われ、19日の夕刻に神社から発った神輿は夜遅くまで担がれ(2時頃に御旅所へ到着)、御旅所で一泊した後20日に宮入します。
臼久保橋近くで休憩する神輿を見つけ、そこから追ってみました。

忍野八海付近が渡御経路で茅葺き屋根の建物もあるので大変風情があります。

御旅所の前を進む神輿
「よいよい」や「おいさおいさ」など様々な掛け声で進んで行きます。
休憩前では神輿を下ろす前に「もうすもうす」の掛け声で上下に揉みます。
この「もうすもうす」は御神歌「諏訪の宮 御影さそ神 やりう神 もうそうらう けにもうそうらう」のもうそうらう(申し候が転じたもの)からきているものだと思われます。山中諏訪神社の御神歌や「もうそろもうそろ」の掛け声で後退する点など、似通った点が見られました。

忍草区会事務所の敷地に入ると、黒い半纏を着た厄年の担ぎ手とその他が神輿を挟んで前後に別れ、逆方向を向きながら神輿を手で抱えて互いに押し合う?攻防が見られました。ここでも担ぎ手として厄年に焦点が当たってます。推論ですが、厄年で神事に関わる事で厄を避けるという意味合いが含まれているのではないでしょうか。暫し攻防を繰り広げ、事務所前に神輿が向けられると式典へと移っていきます。
その間、獅子舞神楽の奉納が行われます。


神輿は昭和59年に新造され、十三代目 南部屋五郎右ヱ門の作です。
旧神輿(文政10年作)も現存し、神社境内に保管されています。
忍草区会事務所を発った神輿は天台宗 忍草山 大日院 東圓寺へ向かいます。このお寺は当時の別当だったそうです。

この頃、富士山が薄っすらとですが姿を現しました。

東圓寺前に神輿が安置され、住職により諸祈願のお経が唱えられます。

ここでも獅子神楽舞(無形文化財)が奉納されます。
この後、宮入へと進み予定では21時頃に到着との事でしたが、私はここでお暇しました。
機会があれば暴れ神輿の宮入も見てみたいものです。
動画はこちらです。
臼久保橋近くで休憩する神輿を見つけ、そこから追ってみました。

忍野八海付近が渡御経路で茅葺き屋根の建物もあるので大変風情があります。

御旅所の前を進む神輿
「よいよい」や「おいさおいさ」など様々な掛け声で進んで行きます。
休憩前では神輿を下ろす前に「もうすもうす」の掛け声で上下に揉みます。
この「もうすもうす」は御神歌「諏訪の宮 御影さそ神 やりう神 もうそうらう けにもうそうらう」のもうそうらう(申し候が転じたもの)からきているものだと思われます。山中諏訪神社の御神歌や「もうそろもうそろ」の掛け声で後退する点など、似通った点が見られました。

忍草区会事務所の敷地に入ると、黒い半纏を着た厄年の担ぎ手とその他が神輿を挟んで前後に別れ、逆方向を向きながら神輿を手で抱えて互いに押し合う?攻防が見られました。ここでも担ぎ手として厄年に焦点が当たってます。推論ですが、厄年で神事に関わる事で厄を避けるという意味合いが含まれているのではないでしょうか。暫し攻防を繰り広げ、事務所前に神輿が向けられると式典へと移っていきます。
その間、獅子舞神楽の奉納が行われます。


神輿は昭和59年に新造され、十三代目 南部屋五郎右ヱ門の作です。
旧神輿(文政10年作)も現存し、神社境内に保管されています。
忍草区会事務所を発った神輿は天台宗 忍草山 大日院 東圓寺へ向かいます。このお寺は当時の別当だったそうです。

この頃、富士山が薄っすらとですが姿を現しました。

東圓寺前に神輿が安置され、住職により諸祈願のお経が唱えられます。

ここでも獅子神楽舞(無形文化財)が奉納されます。
この後、宮入へと進み予定では21時頃に到着との事でしたが、私はここでお暇しました。
機会があれば暴れ神輿の宮入も見てみたいものです。
動画はこちらです。